ショコラの誘惑⑲
そしてまだ二人は会話の途中だった。
「貴方は紳士なのね、いいわ、でも寂しいときには声をかけて」
「慰めてあげるから」
「わかった、ありがとう」
そんな会話の間にショーの時間が来た。
カールがピアノに向かってきて席に座り鍵盤を鳴らし曲を奏ではじめた。
その曲は・・
オスカルの映画の主題歌「Adesso e Fortuna~炎と永遠」
アンドレは曲を聴いたとたん酔いがさめる思いで急いでピアノのほうへ顔を向けた。
そしてそこにいたのは、・・・まぎれもなくあれほど会いたかった人の姿が、そこにあった。
アンドレは呆然としながらも思わず「オスカル!・・・」と声をかけた。
そして横にいたマリアンヌは「あれは・・女優のオスカル・フランソワ?では彼女があのときの貴方の失恋の相手だというの?」
オスカルはグランドピアノのすぐ側に立っていた。
アンドレ・・これが私のお前への気持ちだ。
客席のアンドレを見つめながら、曲のイントロが終わると同時にオスカルは歌いだした。
月明かり 風の羽音に降りる 蒼い水の上の夜
いつまでも冷めやらぬ指先で 想いをつづる
Io sono prigioniera(貴方のとりこ)
私を背中から抱きしめて 囁く貴方の国の言葉は
少しだけ切ないロマンティーク 貴方のとりこ
Iosono prigioniera
今夜貴方は 私を優しく包んでくれた
けれど朝の陽に照らしても 黒い瞳は私に そのままきらめくの
オスカルは歌いながらアンドレの席近くにまで静かに進んでいった。
アンドレとしては、これはオスカルへの自分の想いがもたらした幻想、それとも夢を見ているとしか思えない。
彼女が半年前の自分のように愛の歌を歌っている、自分に向かって。・・
アンドレお前がどのような気持ちで歌ってくれたか、私に愛を伝えようとしたのか今わかった。
愛する人のために歌うということはこんなにまで激しく胸が高まり心揺さぶられるものなのか。
お前はこんなにも強く私を求めてくれたんだ・・・
アンドレ、お前は誰にも渡さない
そしてオスカルはアンドレのすぐ側まで来ると、アンドレの横で呆然とオスカルを観ていたマリアンヌに眼を移し、胸に手を置き勇気を振り絞ってマリアンヌにきっぱりと伝えた。
「悪いが彼は・・」
「彼は・・私のものなんだ」
マリアンヌは挑戦的なオスカルの言葉に気圧されて思わず後ろに身を引いてしまった。
アンドレはまさか、オスカルがこのようなことを言い出すとは!
オスカルはアンドレを見つめ直しその瞳は訴えかけていた、アンドレ私の想いをわかってほしいと
初めて彼女が俺に心を開いている、叶わない夢が今眼の前で叶えられるなんて・・これは奇跡?・・
もう一度私を深い夜に 連れ戻して片言のアモール
少しだけ怪しげな唇が私を溶かす
Iosono prigioniera
今夜貴方は 私を優しく包んでくれた
けれど朝の陽に照らしても
黒い瞳は私に そのままきらめくの
オスカルの歌はまるで私を愛して 私を抱きしめて と心に響くような旋律だった。
初めて愛した人に捧げる、胸が苦しくなるほど切ないラブソング
歌が終わりやがてピアノの伴奏も終わると一瞬静かになった。
店の中の客人は、今のは店のサービスイベントなのか?それとも本当にオスカル・フランソワが店のピアニスト件歌手のアンドレに想いを告げに来たのか?
しかし、それでも彼女の愛しい思いを告げるような歌声に感動させられ、やがて鳴り止まぬほどの拍手が店の中に鳴り響いた。
オスカルはほっとした顔になり、ようやく笑顔になった。
その中でアンドレは「オスカル・・・どうしてここに?」と聞いた。
しかしその言葉に答える前にオスカルは、
「今の曲は「Adesso e Fortuna~炎と永遠」、この曲を歌うときいつもお前を思い出していた」
「私にとっては、アンドレ・・お前の曲なんだ」
オスカルは緊張の糸が切れ、次の瞬間には涙があふれてきた。
アンドレに手を差し出して
「アンドレ・・あ、あいたかった・・」ようやく・・・会えた。・・・
