ショコラのハネムーン⑪
「夕べは飲みすぎたからな」独り言を言ってベッドの隣を見るとアンドレがいない。
何処に行ったのだ、とキョロキョロして探していると扉が開いてアンドレがコーヒーを持って現れた。
「おはよう、夕べは飲みすぎたみたいだな、頭をすっきりさせるためにはカフェインが効果的なんだ」
アンドレはオスカルにコーヒーを渡した。
「ああ、ありがとう」オスカルは礼を言ってコーヒーを口にした。
「ところで・・・夕べのお前には驚かされた」
アンドレに突然言われた言葉にオスカルは口に入れたコーヒーで咳き込んでしまった。
夕べは・・・確か・・・ジョバンニ監督に映画出演の断りをした後、監督と二人でかなり酒を飲んだ・・・
その後、部屋に戻って・・アンドレが・・・そうだ、映画に出てもいいなど言い出したから、私が女優を引退する理由を説明して・・・そして・・!
ジャンヌに教えられた夫を喜ばせるコツを・・実践したんだ!
オスカルは真っ赤になって急いでベッドの布団の中にもぐりこんでしまった。
「あれは!酒に酔った勢いでの言葉だからな!」
「酒に酔った勢いってことは、俺以外の男とラブシーンは演じられないってこともそうなのか?」
「俺は喜んだんだけどな、・・・酒の上で言っただけなら、残念だよ、オスカル」
アンドレが寂しそうに言うのでオスカルは布団から顔を出しながら答えた。
「あれは・・・本当だ・・」
「女優業ってのは、ラブシーンがある、私は役の気持ちになって演技するタイプだ、「伯爵令嬢と黒い騎士」のときは、相手役のアンソニーをお前に見立ててやったんだ、」
そこまでいうと何だかアンドレに腹が立ってきて怒鳴りつけるように言ってしまった。
「どうしてくれる!お前以外の男と触れ合いたくないなんて感情を持ってしまった私はラブシーンなど演じられるわけがないではないか」
「お前以外の男と抱き合いラブシーンを演じるのだぞ、愛しているふりをして、熱烈なキスシーンなど当たり前にある」
「その後、どんな顔でお前の顔を見ればいいのだ!お前は平気なのか?私が他の男と愛し合う様子を眼にしても!」
それを言われると返す言葉が無い、オスカルが他の男と愛し合う姿など見れば嫉妬でどうにかなってしまいそうだ。
「だから、オルガ役は出来ない、あんな思いを込めたラブシーンは私なんかでは出来ないんだ!わかったか!」
半ば捨てばちのように答えるオスカル、考えてみれば彼女のような生真面目なタイプには荷が重かったんだ。
愛する人がいても他の男性とラブシーンを演じる、それが女優という職業だ。
オスカルは仕事と恋人のどちらかを選ぶしかないと痛感したんだ。
多分オスカルは俺の気持ちを一番優先して、女優を引退する道を取った。
「そうか・・・お前の女優としての道が閉ざされたのは残念だが・・・俺としては内心うれしい・・」
「ずっとお前を独占できるなんて夢みたいだよ」
オスカルはアンドレに抱きしめられながら、考えていた。
本当に世話の焼ける夫だ、最初から素直に側にいて欲しいといえばいいのに、でも、そこがお前のいいところなのだがな。
とりあえず、夫を喜ばせるのは成功したらしい、・・酒に酔った勢いでだがな・・・
今日はいよいよハネムーンの目的地のリゾート地に着く日だ。
二人は下船に向けて準備した。
シャワーを浴びて服を着替えて、荷物をつめて、後は船を下りるだけだ。
アンドレがオスカルに聞いた。
「船の旅はどうだった?」
「なかなか楽しかったぞ、陸地じゃないせいか、大胆にもなれたしな」
「確かにな・・」
「だが、ハネムーンはまだこれからだ!」
アンドレとオスカルは豪華客船を降りると、予約していたハイヤーが待っていた。
運転手は二人を見つけると「グランディエ様でしょうか、お待ちしておりました」と挨拶をして荷物を受け取り二人を車の中に迎え入れた。
ビーチリゾートまで、このハイヤーで行くのだ。
そこへつくまでの道のりは太陽も燦燦と暖かく海の潮風も心地よく、気分が向上した。
二人の行くリゾート地は島の中でも特別に海が綺麗な場所にあり、景色も素晴らしい、、二人きりの時間をたっぷり過ごせるのが醍醐味の豪華ヴィラなのだ。
一時間ほどハイヤーで走ると、美しいビーチが見えてきた、そこはヴィラ専用のプライベートビーチ、海と森の緑に囲まれた恵まれた環境で限られた人しか使用できない、だからハネムーンには最適だ。
ハイヤーは先に管理棟に着けて、フロントでルームキーを受け取り、再びハイヤーで自分達のヴィラに。
そこは角地にあり他の部屋よりも空間が広く作られていて人気の部屋なのだ。
二人はハイヤーを降りて部屋の中に入っていく。
広いベッドルームにサウナもジャグジーも海の見えるプールも完備されていて、ここなら二人きりのハネムーンを満喫できる。
オスカルが海から吹く風を受けて気持ちよさそうに「アンドレ、ここはよいところだな」と景色を眺めていたらアンドレは。
「この部屋を選んだのは、もうひとつ理由があるんだ」
そういってオスカルの手を握ってもうひとつの部屋に連れて行った。
その部屋には、ピアノが置かれていた。
ピアノがあるなんて!
アンドレはオスカルを横に座らせて、自らもピアノの演奏席にすわり、奏で出した。
「リクエストは?マダム」
オスカルはうれしそうに「では「オスカル」を・・私のために・・」
「ではアンドレがマダムグランディエのために特別に熱烈に愛を込めた「オスカル」を・・」
といってアンドレが歌いだした。
神と剣の名を持つ人
君は僕の至上の存在 永遠の愛を誓った愛しい人
オスカルはアンドレの歌を聴き、幸せに酔いしれた。
船の旅ももちろん最高に楽しかった。
プールで泳いでダンスを楽しみ、ジムで運動したり、映画を観たり。・・
でも、やはり私はこうしてアンドレの歌を聴いているときが一番好きなのだ。
このひと時は何事にも変えがたい・・この時こそがアンドレと私の心がつながる瞬間だから・・・