オスカル最後の選択⑧
「では、行って来る」いつものようにアンドレは出かけていく。
「気をつけてな」オスカルが見送るのだが、当然行ってきますの口づけは無しだ。
一緒に暮らし始めてスキンシップが全く無いのははじめてだな・・・
オスカルは洗濯と掃除をして、クリスチャンの店に出かけた。
クリスチャンはオスカルが浮かない顔をしているのに気がついた。
「オスカル、どうしたんです、元気がありませんね、アンドレとの結婚が決まったんでしょう?花嫁さんがそんな顔をしてはおかしいですよ」
そうか、クリスチャンにアンドレからのプロポーズのことを言ってしまったんだった。
「クリスチャン、それが・・結婚式はどうなるかわからなくなってしまったんだ・・」
「どういうことです?」
オスカルは不安な胸のうちをクリスチャンに聞いて欲しくなってしまった。
「アンドレが・・・仕事中に事故にあって、頭を打ち、そのショックで記憶をうしなってしまったんだ」
「記憶を?・・・」
「それで何もかも忘れてしまった、私のことも何もかも・・・」
オスカルはクリスチャンに話しながら泣いてしまった、ずっと張っていた気持ちが流れ出してしまったのだ。
「それは・・・大変な事態だ・・それで医者は何と言ってるんですか?」
「医師は、突然記憶が戻ることもあれば、一生戻らない可能性もあると」
「安静にして普段どおりの生活を送るのが一番だと言うんだ」
「それで、今はどんな風に暮らしてるんですか?」
「しばらく記憶が戻るよう静かに暮らそうと思ったが、アンドレが暮らしていくにはお金が必要だといってローラン商会の社長に頼み込んで荷運びの仕事をすることになった」
「荷運びですか、彼は会社経営の一端まで任されていたのに、責任感の強い彼らしい判断だ・・」
「それで貴方はどうするつもりです?」
「私?私は彼が記憶を取り戻してくれるのを願うばかりだ」
「貴方はアンドレが記憶をなくした今でも彼を愛していますか?」
「クリスチャン、何を言っているもちろんじゃないか」
「けれど、アンドレは貴方との思い出も貴方を愛していることも覚えてないんでしょう?それも一生思い出せないかもしれない」
「それでも貴方は彼についていくといえますか?過去の記憶を一切持っていない彼を」
まるでオスカルの心を試すかのようにクリスチャンはオスカルを問いただした。
アンドレとの思い出は私の人生のほとんどを占めている。
私のかけがえの無い友だった彼、その彼が今は愛する人・・
いつもいつも私の側で支えてくれた彼、私を愛していると激しく抱きしめた彼、命をかけて私への愛を貫いてくれた彼、、あのときの記憶をもう彼は持っていない・・
けれど・・・それでも、誰より愛しい人、今だって彼のことを考えると胸が熱くなる、彼の側にいるだけで喜びに胸が震える。
彼がアンドレがいない人生など死んだも同じ・・
そうなのだ、はじめから分かっていたじゃないか。
「私はアンドレといるだけで幸せだ、彼と離れてなど生きてはいけない」
オスカルの強い決意を聞いてクリスチャンはニッと笑った。
「さすがはオスカル貴方だ、その強い意志があれば大丈夫そうですね」
クリスチャンに問い詰められたことでオスカルはアンドレへの揺るがぬ想いが再確認できた。
「だが、アンドレの心は私と同じではない、彼は私を愛していることさえ忘れてしまった、彼は私に申し訳ない気持ちだけで一緒に暮らしているのかもしれない」
「屋敷を出た私に贖罪の気持ちを持つ彼に結婚を強いることは出来ない」
再び元気をなくしたオスカルにクリスチャンは励ましの言葉をかけてきた。
「大丈夫ですよ、アンドレは貴方をこの上なく愛していた、その想いを忘れても彼自身は変わってはいないはずだ、貴方を愛した彼が記憶を失ったからと言って貴方を再び愛さないわけ無いじゃないですか」
「貴方達はもう一度恋をすればいいんだ」
「もう一度恋を?」
オスカルはクリスチャンの言葉に眼が覚める思いだった。
「そうです、出会ったばかりの二人だと思えばいいんです、オスカル貴方ならできる、貴方は最高に魅力的な女性なんですから!」
私がアンドレに恋させる?そんなことが出来るのだろうか?
でも、そんなことが出来れば、アンドレの心を取り戻すことが出来る。
オスカルはクリスチャンの励ましに希望が出てきた気がした。
「ありがとう、何だか元気が出たよ、私はもう一度アンドレに愛してもらえるよう努力していこうと思う」
「その調子です、貴方達は結ばれるべき二人なんだから」
オスカルはクリスチャンの励ましに元気を取り戻し、家に戻っていった。