リトルレディの後見人②
ばあやのマロンが客人を迎え入れた。
「ブリジット様お久しぶりです、お元気そうで・・」
「久しぶりね、マロン、フランシスはいるでしょうね、それと後見人となったアンドレとかいう童話作家も」
大叔母はもう70歳をとっくに過ぎているが、まだ健康に支障なくしっかりとした印象だ。
「はい、もうすでに客間でお待ちでございます」
オスカルはアンドレとともに客間で待機していた。
マクシミリアンも同席している
アンドレのことを反対する大叔母が来たのだ、緊張して震えが出るほどだ。
アンドレがオスカルの手を握って励ました。
「大丈夫だ、きっと認めてもらうから」
アンドレの励ましにオスカルは無理に笑顔を作って答えた。
大叔母が客間に入ってオスカルとアンドレを見つけた。
この男がアンドレ、思っていたより若いではないか。・・・
「ごきげんようフランシス、久しぶりね」
「大叔母様、ひさしぶりです、ご機嫌麗しゅうございます」
「ブリジット様、紹介します、こちらがオスカルの後見人のアンドレです」
すかさずマクシミリアンがアンドレを紹介した。
「はじめましてブリジット様アンドレ・グランディエと申します、以後お見知りおきを」
大叔母はアンドレをじっと見つめた後声をかけた。
「そう、貴方がアンドレ・グランディエなのね、思ったより若い男性だこと」
大叔母はマクシミリアンに進められたいすに腰掛けてオスカルとアンドレの二人を改めて見つめた。
「それで、今回私がこの屋敷に赴いた理由は分かっていると思うのだけど・・貴方がフランシスの後見人としてふさわしいかどうかを確かめにきました」
オスカルはぎくりとしてアンドレのほうを見た。
「マクシミリアンから聞きましたが俺がオスカルの後見人になったのを快く思ってないとか・・」
アンドレはまだるっこしい言い方は苦手だ、どうせいぶかしく思われているのだからはっきりと問うべきと考えた。
「なかなかきっぱりものをいう方らしいわね、それなら話がわかりやすい」
「貴方の目的を知りたいわ、なぜ年若い貴方が後見人になろうとしたのか?」
「後見人の条件はフランシスを成人するまで見守り、このジュベルの屋敷で暮らすことよ」
「まだ年若く独身の貴方がこんな人里はなれた土地で、10歳の子供の面倒を見ながら過ごすのを承知するなんて、どう考えても理解できないわ、納得できるように説明してほしい」
「大叔母様、私がアンドレに後見人になってほしいと願ったのです」
オスカルが口を挟んだ。
しかし大叔母はオスカルの言葉をさえぎるように話を続けた。
「フランシス貴方がアンドレの本のファンなのはマクシミリアンから聞いて知っているわ、貴方にとって彼は憧れの人だということも」
「彼の物語はオスカルとアンドレが主役で、作家の貴方がアンドレの名を持つから自分はオスカルだと言い張り、現在オスカルと名乗っているようね」
「それほどに心をつかんだ本の作者であれば後見人になってほしいと考えたのも無理はない」
「けど、理解できないのがアンドレ貴方の考えよ、貴方くらいの年の男性は若い女性と付き合って楽しく過ごすのが生きがいなんじゃないの?それがなぜこんな退屈な場所で耐えているのか?」
アンドレは大叔母の話が終わるとその問いに落ち着いて答え始めた。
「ブリジット様、作家活動は常に作品を考えれる環境が望ましいんだ、そこへ行くとこのジュベルの屋敷や森は静かで物を書くには最適です」
「それに俺は今女性との付き合いを望んでいない、やっと作品が認められつつある時期なので、物語を作る作業に没頭したいんです」
実際にジュベルの屋敷は物を書くには最適な場所だ、おかげで本の売れ行きも好調で、もう翻訳のバイト無しでも生活していける収入にもなった。
「だけどフランシスは10歳の子供、お相手するのに骨が折れて、作品つくりに支障はないの?」
「オスカル・・いえフランシスは俺の作品を何より大事に思ってくれている、だから俺が書いている間は決して邪魔せず静かに後ろで本を読んでいます」
「しかもフランシスは本のアドバイス担当でもあるんです、俺の書く本は児童文庫だ、フランシスの意見は実際の読者の意見として貴重なんだ」
「フランシスは聡明で賢い子だ、一緒にいると並みの大人よりも優れた話し相手になってくれる、それに、フランシスには特別な感性がある、俺はそれを引き出してやりたい」
アンドレはオスカルと自分がいかにうまくやっているかを説明したつもりだ。
「なるほどね、貴方とフランシスが旨くいってるのはわかったわ、でもそれでも私や世間から見れば貴方はまだ25歳の若者、10歳の女の子の後見人になるのは、それ相応の代償があるんだろうと見られるわ」
「たとえばジュベル家の資産が目的ではないかとかね」
大叔母の本音はジュベル家の財産が何処の誰かもわからぬ男に自由にされるのを危惧している、結局のところ財産の心配なのだ。
しかし、それは疑われて仕方ないことなのだ、オスカルはフランス国内でも有数の資産家のジュベル家の名を告ぐ子、アンドレがオスカルに取り入って財産を好きに使う恐れを持つのは無理もないこと
「目的などありません、フランシスの今後を見守って生きたいだけ・・確かに礼金の約束はありますが、それは確かにこれからの作家活動の助けになってありがたく思っています、だが、金目当てだといわれるならそれもお返ししてもいい」
「大叔母様、いくらなんでも失礼でしょう、アンドレは私の願いを聞き届けてくれただけ!」
「彼への屈辱は私への言葉だと知っていただきたい!」
アンドレへのあまりの言われ方にたまらずオスカルが反論した。
だが大叔母の疑いは晴れたわけではないのだ。
「フランシス貴方はまだ子供だから大人の考えは理解できないでしょうけど、」
「ジュベル家の資産と家柄は誰が見ても魅力的なのよ」
「ブリジット様、今日はそれくらいになさってはいかがでしょう?これ以上話しても疑いは晴れぬというもの、それより、しばらくこのジュベル屋敷で滞在なさるのですからその間にアンドレの人となりを観察してお決めになられてはどうですか?」
マクシミリアンの仲裁でこの場の冷静さが取り戻された。
「そうね、少し言い過ぎたかもしれないわね、アンドレ初対面の貴方に失礼したわ、でも私にしてもフランシスは兄の忘れ形見だわ、心配する気持ちはわかってもらいたい」
「いえ、俺とフランシスの関係が特殊なんだとわかってはいます、だから金目当てだと疑われるのは覚悟していました」
「だが、・・俺はフランシスを、・・いやオスカルを誰よりも大事に思っている、それだけは事実だ」
話はとりあえずだが終えた。
その後大叔母は用意された部屋に向かった。
客間に残された二人だが、大叔母の様子ではアンドレに対する不信感はまだぬぐえてない様子だ、そのことが気になって仕方ない。
そしてオスカルは自分のためにアンドレが金目当てだと疑いをかけられたことにショックを受けていた。
「アンドレ、すまない、お前があのようにいわれのない非難をあびせられるなど、本当にすまない・・」
「しかも、まだ大叔母様はお前に不信感を持っている、あの様子だと簡単に引き下がってはくれないだろう」
「私がお前に後見人になってほしいなどと願わなければこんな不名誉な目にあうことなどなかったのに・・・」
アンドレは自分以上に傷ついているオスカルを痛々しく思えた。
こんな名家に生まれたばかりにオスカルは責務を負わされているのだ。
「確かに周りからすれば俺がこんなすごいお屋敷の跡取りの後見人には不似合いだと見られるだろう」
「だが、お前がこんなお屋敷の子に生まれただけであってお前のせいではないんだ」
「アンドレ、私の後見人になったことを後悔しているか?・・」
「そんなこと考えていないよ、お前とこうして一緒にいるのが俺にとっても幸せだ」
オスカルと俺との関係は他人にはわからないだろう、はじめてあったときから俺たちは目に見えない絆が存在していた。
だから離れるなど出来はしない。