その後の婚約者殿②
「お前はいつも俺の寝顔を覗き込むがそれは癖なのか?」
「いいだろう?いつもお前にはしてやられるからな、無防備な顔を見てやるのが好きなんだ」
「全く悪趣味だな、起きていないと俺からの愛の言葉も聴けないんだぞ」
「それは、お前を起こしてから聴くからいいんだ」
まるで言うのが当然とでも言ってるようだ。
着替え終えて出てくると、目の前には愛の言葉を言えと誘っている彼女の顔つき
「贅沢だなお前は、全く・・・」
アンドレは苦笑したが結局彼女の言いなりになってしまう。
「それではあらためて・・・」
「オスカル、愛している」
頬に手を添えてあらためてゆっくりと口付けを交わしていくのだ。
やっと満足したかのようなオスカルの得意げな笑顔で朝の挨拶は終わる
朝のふざけあいはもう恒例の挨拶のようなもの。
これも恋人達の楽しいひと時なのだ。
「オスカル、今日はいい天気だ、遠乗りにでもいくか?」
「遠乗り!久しぶりだな、それは楽しそうだ」
「朝食が終わった後一緒に出かけよう」
「わかった!朝食の後だな」
いつもより長くすごしてしまったようだ、アンドレは急ごうとオスカルをせかした。
「では、そろそろ下に降りるか?あまり遅いとおばあちゃんかロザリーが様子を見に来るぞ」
「そうだな、ではいくか!」
二人は並んで食堂に向かっていった。
食堂では、ロザリーに「遅いわよ、一体何をしていたの?」と聞かれてしまった。
「ちょっと話し込んでしまって・・」
オスカルが口ごもりながら答えているとおばあ様が変わりに返答してくれた。
「ロザリー貴方も恋人が出来るとわかると思うけど、恋人同士二人でいると時間が早く経つものなのよ」
その答えに二人は苦笑してしまった。
まったく祖母には叶わないのだ。
朝食が終わった後、約束どおりオスカルはアンドレとともに馬に乗って近くの森や田園を眺めながら遠乗りに出かけた。
自然の多いルシェル村は遠乗りには最適な場所だ。
二人並んで馬を飛ばして走るのは気持ちがいい。
「オスカル飛ばしすぎだ、馬が疲れてしまうぞ」
「全くお前は真面目だな、思い切り飛ばすのが楽しいのに」
「お前のような跳ね返りの面倒を見るのは俺のような慎重派が丁度いいんだ」
二人は軽口を言い合いながらも二人きりの遠乗りを楽しんでいった。
自然の景色を眺めた遠乗りの後、湖のほとりで休息を取った。
「やはり馬に乗るのは気持ちがいいな!」
オスカルは満足そうなため息をついた。
「お前にとって久しぶりの乗馬だからな、ここは乗馬だけは楽しめる場所だ」
オスカルは彼の肩に頭を預けてじっとしていた。
アンドレはいつもオスカルを楽しませようと考えてくれる。
もちろんそれはうれしいが、それより何よりも
オスカルにとってこうして彼が側にいてくれることが一番の喜びなのだ。
草むらに二人ですわり湖を眺めて休んだ。
アンドレがオスカルの肩を抱いてしばらく湖を眺めていたが。
やがてオスカルに話しかけた。
「オスカル、お前の父ジャルジェ伯爵のことだが・・」
オスカルは父にアランと無理やり婚約されそうになり、そのまま屋敷を飛び出した後、父とはそのままだ。
反対されたといってもオスカルの父親だ、アンドレとしては、ほうっておくわけにも行かず、オスカルと自分が愛し合っていること、どうか二人の仲を認めてくれるように手紙を出したのだ。
オスカルは伯爵家と縁を切るつもりなので、父の話はしようとはしない、だからアンドレは遠乗りで気分を良くしてあらためて伯爵の話をしようと考えたのだった。
しかし話の内容は言いにくいものだった。
いいにくそうなアンドレを見てオスカルは手紙の内容が大体はわかった。
「どうした?はっきり言えばいい何を言われても私は大丈夫だ」
冷静なオスカルの言葉に後押しされてアンドレは話しをはじめた。
「昨日お前の父上から手紙が届いたが、かなりご立腹の様子だ」
「お前とは親子の縁を切る、とまで言ってきた・・」
「縁を切る・・か、あの親父かなり思い切ったな」
オスカルは想像通りだと考えていた。
「まあ、無理も無いかな?だって娘の婚約を取りまとめるための夜会の日に娘は飛び出して行き、求婚者のアランにも求婚を取りさげるといわれ、踏んだりけったりなのだから」
オスカルはクックッと含み笑いしてしまった。
だがアンドレとしてはオスカルが自分のために何もかも投げ出し、しかも親子の縁まで切られるといわれれば複雑な心境だ。
「俺はお前に何もかも失わせてしまった、貴族としての地位も名誉も財産も、その上親子の縁まで・・」
しかしオスカルはその謝罪の言葉にむっとした。
「これは私自身で決めたことだ、お前のせいではない、しかも父の勝手でこうなったのだから気にする道理は無いぞ!」
「だいたい、父が最初にお前を求婚者と認めて私に勧めてきたのに、貴族の求婚者が現れたら次はそっちにしろだなんて勝手もいいところだろう!」
「それに・・・」
今度はオスカルが落ち込んだ様子で訴えてきた。
「私こそお前に申し訳ない気持ちでいっぱいだ」
あまりに神妙なオスカルの様子にアンドレは驚いた。
「父が私達の結婚を認めず、私を勘当するということは、お前の祖父の貴族との縁をつなぐ悲願は達成されなくなった」
「だって父が私を娘と認めないのならジャルジェ家の名前を出すことはご法度となる、それに・・・私は持参金も支払らえない・・」
「お前の家にとって私は何の利益ももたらさない嫁になるのだな・・」
貴族の娘は持参金を持って嫁に出す、それは財産を持った家の証明でもある、ジャルジェ家であればかなりの持参金を準備できる家柄だが、屋敷を飛び出し勘当された娘となればびた一文出る道理はないのだ。
しかし今度はアンドレがムキになって返答してきた。
「何を言っている!お前がジャルジェ家を飛び出したのは俺のためじゃないか!」
「それに俺はお前が何も持たずに俺のところに来てくれてよかったと思っている、俺は最初からお前の身分や財産が目当てで求婚したんじゃない!」
「俺が欲しかったのは・・・」
わずか7歳にして他人をかばえる気高さを持つオスカル、そのお前を俺は自分のものにしたいと思った。
お前さえ手に入ればそれでいい
「オスカル、お前だ、」
「お前さえこうして側にいてくれるなら俺は他にほしいものなんてない、だから今が幸せなんだ」
そういってオスカルを強く抱きしめてきた。
アンドレの腕の中はいつも暖かい、この胸の中にいれば私は幸せ。
いつも彼は優しい、だが私はその彼の優しさに報える女性なのだろうか?