偽りの恋人⑪
アンドレの問いにオスカルは恥ずかしそうに答えた。
「そ・・そうだ・」
「私の行く店では小さなパフェばかりだ、一度思い切り大きなパフェを食べてみたかったのだ」
何とオスカルは高級レストランの上品なパフェでなく、普通のカフェなどにある大きなパフェを食べるのが夢だったとは!
「いいよ、食え食え、良ければお代わりしてもいいぞ」
アンドレは笑いをかみ殺しながらオスカルにビッグパフェを進めた。
結局注文はアンドレはコーヒー、オスカルはビッグパフェを。
しばらくして注文の品をカールが運んできた。
普通のパフェの3倍くらいある。
「思っていたより大きいな」
オスカルは目を丸くした。
「シェフにサービスするように言っておきましたよマドモアゼル」
にこやかに説明してカールは去っていった。
イチゴとバナナとメロンとりんごとがてんこ盛りの生クリームとアイスクリームの中に埋もれるように入っている。
「カールのやつ、ただでさえ大きいのにさらにでかくしてどうするんだ」
アンドレは見るからに大きすぎるパフェをオスカルが食べられるとは思えなかった。
しかしオスカルは一口食べて「レストランで食べるのより甘めだが、なんとなく癖になる味だから、いくらでも食べられそうだ」
「無理するなよ、残してもいいんだぞ」
アンドレの心配をよそにオスカルはしばしそのパフェと格闘するため無言で食べ進めていた。
やはり女性とは甘いスイーツを山盛り食べるのが夢なのか・・スイーツビュッフェなど女性の天国などというからな・・・
半分くらい食べてスピードが落ちた時アンドレが話しかけた。
「どうだ、満足か?」
「ああ、こんなに思い切りパフェを食べたのは初めてだからな」
満足そうなオスカルの顔を見て、ふっと笑った。
ジーンズ姿にビックパフェを食べている彼女を見ていると氷の姫には見えない。
あの冷たい表情のオスカルと今のオスカルが同一人物とは誰が想像するだろう
いつの間にかオスカルはパフェをさらえていた。
「本当に全部食うとは思わなかったよ」
「こんな機会はめったにないから食べておこうと思ってな」
さすがにオスカルも甘いものを食べすぎて苦しそうだ、手を口元にして耐えている。
「ジーパンをはいていたのは正解だった、いつものパンツスーツならボタンが飛んでるかもしれん」
「そうだな、確かに」
オスカルには悪いがアンドレは内心おかしくてたまらない。
あのオスカルがビッグパフェをさらえてズボンのボタンの心配をするなど、驚愕の事実だ。
「ちょっと化粧室に行ってくる」
「化粧室は向こうだ」
アンドレの指差す方向にオスカルは急いでいく。
少しして戻ってきたかと思えば再び化粧室に飛んでいく。
今度は長い時間だ、どうしたんだろう?
やっと戻ってきたので尋ねてみた。
「どうした?気分でも悪いのか?」
小さな声で答えた。
「どうやら、おなかが冷えたらしい」
オスカルはパフェの食べすぎでおなかが冷えたんだ!
もう大丈夫だというが顔色が悪い。
「今日は早めに家に帰るほうがいい」
とにかくオスカルを家に帰さなければ!
店を出てタクシーを呼んだ。
「家まで送るよ」
アンドレも心配して一緒に乗り込んだ。
「気分が悪いのなら、良ければ俺の肩を貸すよ」
「ありがとう、そうさせてもらう」
やはりまだ気分が優れなかったのだろう
素直にオスカルはアンドレの肩に頭を乗せ、静かに目を閉じた。
その顔を眺めてみる。
本当に綺麗な顔立ちだな、おまけに輝くような金髪。
いつもまぶしく見えて近寄ることも出来ない存在だったのに今はこんなに近くにいる
しかも俺の肩を頼るなんて、少しずつでも心を開いてくれた証拠と見ていいんだろうか?
オスカルの家は景色のいい高台に立つまるで城のようなお屋敷だった。
屋敷についてオスカルを家の中まで送り届けようとしたとき、屋敷の玄関扉が開いた。
中から上品な婦人が出てきて屋敷の車に乗り込むところらしい。
「お母様!」
「あら、オスカル戻ってきたの?」
どうやら出てきたのはオスカルの母親らしい。
「お友達かしら?」
母はアンドレを見ながら言った。
「ええ、そうです」
「同じ大学の友人のアンドレです」
「はじめましてアンドレといいます」
「ええ、よろしく」
母親はオスカルに似て美しい人だが、あまり感情が見えない人だ。
「これからお出かけですか?」
「ええ、数日戻らないわ、お父様に伝えておいて頂戴」
「・・お父様は出張で一週間は家に戻りません」
「そういえばそんなことを言ってたわね・・」
ジャルジェ夫人は顔色も変えなかった。
それよりもいつもと違うオスカルの姿に注目した。
「オスカル貴方その姿は何なの?」
「まるで、作業員のような格好だわ」
「お母様、これは、若者の間ではやっている服装です」
「そう、でも外に出るときはきちんとした服装で出かけるものよ」
「では、もう行きます、ではね」
それだけ言うとジャルジェ婦人は車に乗っていってしまった。
アンドレは二人のやりとりを黙って見つめていた。
あれが、オスカルの母親か。
オスカルは車が立ち去る姿をじっと見ていたが、いきなりアンドレのほうを振り向いた。
「今日はいろいろとありがとう、服を買ってもらったりご馳走までしてもらって」
「いや・・そのせいで散々な目にあわせてしまったみたいだ」
「パフェで腹を壊すし、それに・・お前の母親から注意までされてしまって、悪かったな」
アンドレの言葉にオスカルは急いで否定してきた。
「私は、この格好を気に入っている、それに・・確かに食べ過ぎたが思い切りパフェを食べれて満足したしな」
「お前、風呂にでもはいって暖めてから寝るんだぞ」
思いもかけぬアンドレの心配する言葉にオスカルはふと笑いが浮かんだ。
「わかっている、そうするよ送ってくれてありがとう」
「ああ、またな」
アンドレは手を振りオスカルも同じようにしてそれに答えた。
アンドレは屋敷から遠ざかりながら考えていた。
オスカルは俺が思っていたより寂しい家庭環境なんだろうか?
母親と娘の他人行儀なやりとり。
夫の出張も知らない妻
今夜オスカルの家は両親がそろって不在だ。
体調が悪いのに不安ではないのかな
こんなお屋敷に住んでいながら、彼女は家族のいない家で一人眠るんだ。