偽りの恋人⑯
俺が言うのもなんだがおばあちゃんは清潔好きだ。
そのため、あまり俺の部屋には寄り付かない。
油絵をやってると道具だけでも山ほどある。
絵の具や筆やパレットなどの小物だけでなくイーゼルやキャンパスなど大きなものだってある油絵はどうしても部屋が散らかる。
俺としても勝手にいじられると道具の場所がわからなくて困るから自分の部屋だけは自分で掃除するようにしている。
おばあちゃんもあまりにものが多いと捨てたくなる性分なんで寄り付かないようにしてる。
だから俺の部屋以外を二人は掃除しはじめた。
「オスカルさん、掃除はまずホコリをとるとこからよ、まずハタキをかけて、次に片付ける、そして掃除機をかける、そして最後に雑巾がけよ」
ひとつ終わっては指示していく。
「おばあちゃん、よそのお嬢さんにそこまでしなくても」
いくらなんでも掃除まで教え込まなくても、と思って止めようとしたがオスカルに言われた。
「いいんだ、私がお願いしたから」
何とオスカル自身がおばあちゃんに頼んだという!
「では、おばあ様よろしくお願いします」
彼女は何故こんなにも頑張れるのだろう?
オスカルとおばあちゃんは掃除を一通り済ませた後、一緒に食事の仕度をはじめた。
「オスカルさん、たまねぎを冷蔵庫から出して刻んで頂戴」
「一時間前に入れておいたから、あまり涙が出ないはずよ」
「本当ですね、これならたまねぎのみじん切りも辛くない」
たまねぎをバターでいためる匂いがしてそれにえびやクリームの香りも混じり最後にオーブンからチーズの香りが。
それにバニラの甘い香りも加わったから今日はデザートつきだな。
甘いデザートを作るなど久しぶりだ、やはり若い女性がいるからおばあちゃんも張り切ったんだな。
しばらくしてドアをノックする音がした。
「アンドレ、食事の支度が出来たぞ、」
それを聞いて俺は油絵を描く手を止める。
「いい匂いがしてたんだ、今日は何の料理だ?」
オスカルはドアを開き答えてくれた。
「今日はグラタンとジャガイモオムレツとサラダとパンだ、デザートにプディングもあるぞ」
「それは楽しみだな」
オスカルはいつも、俺が道具を片付けている間部屋にある絵画を眺めている
他の絵にも目を通すが、あの佳作に入った「カフェ リヴィエール」が一番のお気に入りみたいだ。
いつもその絵の前で立ち止まってじっと見ている。
俺は以前から考えていたことを口にした。
「そんなにこの絵を気に入ってくれたならプレゼントするよ」
突然俺にそういわれてオスカルは驚いた顔で俺を見た。
「いいのか?」
「このところ、毎日おばあちゃんの相手してくれて一緒に食事まで作ってくれてるお前に何かお礼がしたかったんだ」
「お前がほしがるもので、俺がやれるものっていえば、この絵しかないから」
「こんなもので悪いけど・・」
「いや、とんでもない!うれしいよ、!」
「では、今日お前を家に送る時、早速この絵を持っていこうか?」
夕食が終わるといつもオスカルを送っていく。
オスカルが家に来るようになって、いつも帰りは夜なのだから。
「ありがとう、アンドレ!」
「お前からこの絵をもらえるなど夢のようだ!」
俺の言葉にオスカルは感激のあまり抱きついてきた。
突然抱きつかれたのには驚いたが、このようにまで喜んでくれたのは俺もうれしかった。
こんなに俺の絵を愛してくれる人がいる。
その気持ちがうれしくて俺も彼女を抱きしめ返した。
思っていたより彼女はか細くて俺の腕の中にすっぽり入ってしまう。
何故か愛しくてたまらない気持ちで一杯になった。
少し前まではこんな気持ちになるなんて考えられなかったが。
「二人とも何をしてるの?食事が冷めるわよ!」
遅いのでおばあちゃんが呼ぶ声がした。
俺とオスカルはお互いはっとして離れた。
「しまった!また怒鳴りつけられるぞ」
「そうだな、では急ごう!」
俺とオスカルは顔を見合わせて笑った後、並んでキッチンに急いだ。
いつもおばあちゃんは、食事が出来たらオスカルに俺を呼びにこさせる。
おばあちゃんが俺の部屋は油くさいからオスカルに行ってきてくれ、というんだそうだ。
けど、俺が思うにこれはおばあちゃんが気を利かせているんだ。
食事が出来て俺を呼びに行く、それは恋人の役目だっておばあちゃんは考えてるんだ。