偽りの恋人29
オスカルがいなくなって一ヶ月経った。
大学ではオスカルは外国留学に出たことになっている。
それはオスカルの両親が大学側にそのように伝え、広めたためで実際は娘が屋敷を飛び出したのを隠す話であった。
アンドレはその後も大学に通う毎日だ。
コンクールは特選は逃したが優良を取れた。
トップは取れなかったが、教授に言わせれば格段に上達したといわれた。
その後、オスカルを描いた絵を見てもらったら、これであれば、特選に選ばれたかもしれない、と惜しまれた。
そんなある日、教室にはアンドレとベルナールの二人が居た。
「オスカルの両親はどうせすぐに娘は戻ってくるとのんびり構えていたが、予想に反してオスカルは戻ってこず、さすがに焦って興信所に相談してきたよ」
「街一番の探偵事務所といえばフランツの父親の事務所だ、フランツの話では屋敷の執事から連絡があって親父が呼ばれて屋敷に出向き、捜査を依頼されたらしい」
「そうなるとオスカルの居所はまもなく見つかるだろう、家に戻るかどうかは本人しだいだ、成人した大人だからな」
「だが、あんな金持ちの娘だ、いずれ庶民の暮らしがいやになって家に戻るだろう」
「ともかく、ジャルジェ家が動いてオスカルの無事が確認されるだろうから、もうお前が心配する必要は無い」
「ジェローデルとも婚約解消したって話だ、だからオスカルのことはもう忘れろ、もうお前の役目は終わったんだ」
それまで座ってベルナールの話を黙って聞いていたアンドレが立ち上がった。
「ベルナール、いろいろと教えてくれてありがとう、感謝するよ」
アンドレは教室をさろうとした。
そこをベルナールが呼び止めた。
「待てよ!」
「お前、まさか、オスカルを探すつもりか?」
「いい加減彼女のことは忘れろ、お前には画家になるという夢があるだろう!いつまであんなわがままなお嬢様に振り回されてるんだ!」
ベルナールに強い口調で言われたのにも関わらず、アンドレは冷静でいた。
「いや」
「心配するな、俺はオスカルを探すつもりはない、大学を卒業して画家を目指す、これまでどおりな」
「オスカルもそれを願っていた、俺が画家になる努力をやめてオスカルを探せば、あいつは悲しむ」
「たとえ両親に見つかってもオスカルは家に戻らないだろう、あいつは一人で生きる決意をしたんだ、その思いを尊重したい」
「だから、今は探さない・・・今はな」
アンドレの最後の言葉がベルナールを刺激した。
「お前、いつまでオスカルのこと引きずってるんだ!」
「オスカルとお前は住む世界が違うんだ、オスカルだってお前のことなどすぐに忘れる!」
「お前達は契約上の関係だったじゃないか!」
アンドレはベルナールの言葉にも心を乱されなかった。
「ベルナール、ありがとう心配してくれて」
「だけど、お前は知らないんだ、俺達の結びつきが」
「俺達は互いを必要としてるんだ」
「オスカルは、自分の目的のためだけにお前に近づいたんだぞ」
あくまで意思を曲げないアンドレの様子にベルナールはイラついた
それに反してアンドレは静かに返した。
「お前はオスカルのことをわかってはいない」
「オスカルは、俺のためにあの計画を思いついたんだ」
「お前のため?」
「オスカルは俺が大学をやめ、画家になるのをあきらめてほしくなかった、丁度ジェローデルと婚約解消しなければいけないと考えていた時期だったこともあるが、」
「オスカルは本当に俺の絵を愛してくれていた、そして俺と友達になりたかったといった」
「殻にこもった心のあいつはあんなやり方でしか俺に近づくことも出来なかった、それがあの頃の彼女の唯一できる手段だったんだ」
「それは・・金持ちのお嬢様のきまぐれじゃないのか!」
べルナールには信じられなかった、あのオスカルが本気でアンドレのことを考えていたなど
「オスカルは両親から愛情を受けずに育ってしまい、あんな冷めたやつになってしまった」
「最初は俺も彼女の態度になじめずに居たよ、まさに近寄りがたい氷の姫だって、思ってた」
「だけど、本音で彼女に向き合い俺が自分をさらけ出して見せた瞬間に彼女は心を開き始め、それまで誰にも見せたことのない笑顔や優しさを彼女は俺に見せてくれるようになったんだ」
「オスカルは・俺の絵を見るのが好きだった」
「いつも俺の部屋に来ては眺めて二人で絵のことについて語るんだ、俺が絵のことで悩んでるときは励まして慰めてくれて」
「オスカルがいなくなる直前に俺は彼女をモデルに絵を描いた」
「絵を描いてる間、ずっと二人で話しをした、初めて出逢ったときのこと、最初の頃のさんざんなデートのことも、これからのことも・・」
「最後の晩は時間を忘れるほど熱心に絵を描いた」
「何も話さず見つめあってるだけなのに、それでも心の中は満ち足りていた」
「その時、思ったんだ」
「ずっと二人でいたいって」
「もしも画家になれなくても、こんな風にオスカルが俺の側にいてくれるなら」
「俺の側で笑ってくれるなら、何にもいらない」
「ただ二人だけで生きていけるなら、それだけでいい、初めてそう思えた」
「あの時の俺達は心がつながっていた、お互いだけが魂を通い合わせられる相手だと確信したんだ」
「オスカルは、偽りでない関係で、俺の側にいたかったと言った」
「もう一度出会いをやり直したいと」
「オスカルには俺が必要なんだ、そして俺にとってもオスカルは、なくてはならない存在だ」
アンドレの強い決意にベルナールはもう何も言うことができなくなっていた。
アンドレは絵よりも大事な存在を見つけたのだから
「だから、いつかきっと俺は彼女を見つけ出すよ」