真実の恋人⑪
サン=シル=ラポピーで撮った写真が出来たから持ってきてくれるという。
その日オスカルは早くから食事の用意をして彼を待っていた。
鶏のオーブン焼き、ミニハンバーグのトマトソースかけ、サーモンとマッシュルームのキッシュ、オニオングラタンスープ
最後にサラダとパンを並べると後はアンドレが来てから冷蔵庫からワインを取り出すだけだ。
普段よりも頑張って作ってみた。それは、料理上手なクリスティーヌへの対抗意識もあったのだが、今日は休前日の約束をした。
だから、明日のことを考えずに二人でゆっくり過ごせるから料理にも力が入ったのだ。
オスカルはアンドレが来るまで料理を並べたテーブルの上にひじをついて一人考えていた。
アンドレと再会して恋人同士になったものの、まだ恋人という感覚が薄いと思う。
それというのも、彼が自分のことを想って探していたなど知らなかったから、いまだに、恋人になれたのが信じられないのだ。
だけど、出来ればもう少し二人の仲を深めてみたい。
彼が自分のものだという実感がほしい
再会した時点では、彼の顔を見れるようになっただけでも幸せを感じたが、会う回を重ねるごとに常に側にいてほしくて触れてほしくなる
でも、そんなことできるわけが無い。
彼は修行中の身なのだ、こうして会えるだけでも満足するべきだ。
悩んでいると約束の時間が来たらしくインターホンが鳴る音がした。
アンドレが来た!
走るように玄関まで急ぎ、ドアを開けた。
「やあ、オスカル」
「い、いらっしゃい」
何度この出会いを繰り返しても彼の顔を見れば胸の鼓動が高まり緊張する。
だって、会うたびに素敵だと思えるお前なのだから。
「入ってくれ」
彼を迎え入れ、食堂に行き、テーブルをはさんで向かい合わせに座る。
「今日はご馳走だな、夕方まで仕事だったんだろう?」
アンドレがよくぞ、こんな料理を作れたものだと感心するように言ってくれた。
「前日から買い物して下ごしらえもしておいたから何とか作れたんだ」
「そうか、頑張って作ってくれたんだな、けどお前も働いてるんだから無理するなよ」
「レストランで食べるほうが楽だろう、作ってくれるのはうれしいが」
確かにそうだ、私一人の時は、スープかシチューを煮込んでたまに肉を焼き後はパンとサラダを食べる、そんな夕食だったのだから。
「たまには凝った料理もいいだろう、せっかくおばあさまに料理を習ったのに、作らないとどんどん下手になっていく」
それに、こうしてアンドレと一緒に食べるのだと思えば作るのも張り合いがある。
そして、アパルトマンでのほうが彼との時間を楽しめるのだ。
冷蔵庫からワインを取り出してグラスに注いでいく。
二人は乾杯をしてワインを口にして料理を楽しんだ。
「このオニオングラタンスープなんて力作だぞ、たまねぎがあめ色になるまでいためたんだから」
「キッシュは意外と簡単なんだ、パイ生地は冷凍を使ったからな」
「トマトソースは作りおきしてたんだ、パスタの時でも使えるから」
オスカルとしては頑張ったぶん、ついつい褒めてほしくなり、料理の話題をふってしまう。
「一杯食べてくれ、頑張って作ったんだから、クリスティーヌのと比べると、劣ると思うが・・」
最後のほうは心なしか声が小さくなっていく。
そんなオスカルの自信なさげな意見にアンドレは答えた。
「この前も言っただろう、俺はお前が作ってくれた料理が好きだって」
「お前が俺のために作ってくれた料理だ、これに勝るご馳走は無いよ」
そういいながら次々に料理を食べていくアンドレを見ながらオスカルは幸せな気持ちに浸っていた。
幸せだな・・・
対して美味しくもない私の料理をうれしそうに食べてくれる彼
アンドレお前はいつも私に頑張る力をくれる
「あ、そうだ忘れるところだった」
「この間村に行ったときの写真、もってきたよ」
アンドレは鞄の中からプリントした写真を取り出してオスカルに見せた。
サン=シル=ラポピーの村の美しい景色をオスカルは熱心に眺めていく。
村の写真はどれも良く撮れていて、あの時二人で楽しく過ごしたんだと懐かしくなる。
中世時代を思わせる写真に見蕩れていると、突然むすっとしたオスカルがサンドイッチにかぶりついている写真が出てきた。
「お前、こんなものまでプリントしたのか!」
オスカルが怒り半分恥ずかしいのが半分でアンドレを怒鳴りつけた。
しかしアンドレは動じもしていない。
「いいじゃないか、自然な表情で俺は気に入ってるんだ」
「こんなの人に見られたくない、即廃棄処分だ!」
「そう怒るなよ、他の誰にも見せないから、俺は本気で気に入ってるんだし」
「これの何処が?」
興奮気味に言うオスカルを気にも留めずにアンドレは答えた。
「以前のお前は、こんな本音の顔を見せなかった、けど今はこんなに素直に感情を表すようになった」
「俺の前で素直になっていくお前を見るのがうれしいんだよ」
アンドレは以前のあまり感情を表さないオスカルでなくなっていくのがうれしいという。
アンドレにすれば、それはオスカルが今幸せだからだと思うのだ。
オスカルとしては、こんな顔の写真があるのは恥ずかしいが、アンドレの話を聞いたら無下にも出来ず、仕方ないとそのままにしておいた。
「そんなに機嫌を損ねるな、美人に撮れてるのだってあるぞ」
オスカルを美しく撮ったスナップもアンドレは何枚も撮っていた。
それを見てオスカルは驚き声を上げた。
「お前いつの間に」
あらためて恥ずかしくなったが、うれしくもあった。
彼は景色だけでなくちゃんと見ていてくれたんだ。
そして写真の中に二人で撮った写真が出てきた。
アンドレに肩を抱かれ少し照れたオスカル、仲良さそうな二人のツーショット写真。
「良く撮れているだろう、あのおじさん、カメラの腕はいいんだな」
オスカルはアンドレの言葉も耳に入らないくらい、その写真を眺めている。
「オスカル、どうした?」
オスカルは初めて撮った二人の写真に感動していた。
「・・・なんか・・恋人みたいだ」
恋人みたい?おかしなことを言う。
「恋人みたいじゃなくて恋人だろう?」
アンドレがくっつきそうなほど顔を近づけて語りかけてくる。
ドキリとしたが、シリアとイレーヌにもっと恋人に迫るべしといわれたのを思い出し
思い切って彼の唇に自らの唇を重ねた。
初めての私からの口付け
彼は驚いた顔をした。
だが、それは一瞬のことですぐに優しい笑顔に戻り優しく抱きしめてくれた。
私は彼の胸に頭を寄せると彼の胸の鼓動が聞こえて来る。
その音は不思議なほど私に安息感を与えてくれた。