最後の恋人⑨
「アンドレ、入るぞ」
返事は無かったがそのままドアを開けた。
アンドレはベッドの上で横になっていた。
壁のほうを向いてドア側からは背を向けた状態なので寝ているのかどうか、わからない。
「眠っているのか?先程のことは私が悪かった」
オスカルはベッドの端に座り込んでアンドレに話しかけた。
「お前以外の男性から求婚されたことを言わなかったなど、お前に対して失礼だった」
何も言わないアンドレの様子に眠っているのだろうか?、また明日言おうか、と考え、そのまま立ち上がろうとした。
だが、その時アンドレが振り向きオスカルの手を握ってきた。
身体の上半身を起こしてオスカルに問いかけた。
「では何故、俺に言わなかった?」
「俺が多少嫉妬したとしても、やはり求婚までしてきた相手だ、知らせておいてほしかった」
やはり彼は眠ってはいなかったのだ。
すねたような表情でオスカルを見上げるアンドレ
オスカルはアンドレでもこんな子供のようにすねるのだと初めて知った。
仕方ない、心の中で笑って、出来るだけ優しく答えた。
「お前に言わなかったのは、マティス氏の申し込みに応じる気などさらさらなかったからだ、こういっては何だが、私の中でほんの小さな出来事だった。」
「私が愛してるのはお前だけだから、他の男性の話などすぐに忘れてしまっていたんだ」
「だってお前と再会するまでだって誰ともデートしなかったんだぞ、お前のことだけ考えて暮らしてた」
オスカルの話で徐々にアンドレの表情が軟化していった。
「一度もか?」
「ああ、一度もだ」
にっこり笑ってオスカルが答えると照れくさそうな顔をしたアンドレの顔がそこにあった。
「今度そんなことがあったとすれば、お前に必ず報告するから許してくれ」
オスカルはさっきまで怒ってたはずだ、なのに何故急にこんなに素直になったんだ?
アンドレにすれば急にしおらしくなったオスカルが不思議でならない
いつもは自分のほうがいさめる役なのに今回は逆じゃないか。
「アンドレ、お願いだから」
甘えるような言葉を口にするオスカルはいつもと違う魅力を感じる。
機嫌がいい理由はわからないが・・
だが、こういうのも悪くない
「では、今度からは言ってくれ」
「それに・・俺も悪かった、言い過ぎたよ」
機嫌が直ったようなアンドレの返答にオスカルは満足した。
やはり男は下手に出ると良いのだな。
オスカルは心の中でそういいながら、アンドレのベッドに入り込んでいった。
「お詫びに、今日は私がお前を寝かしつけてやるよ」
横に寝転びアンドレの背中に手を回し優しく撫でてくる
「お前なあ、ここにはおばあちゃんもベルナールもいるんだぞ!」
いつもより大胆なオスカルの行動に、さすがにアンドレは焦ってしまった。
夕べの強引さとは違うアンドレの態度がオスカルにはおかしかった。
「お前、夕べとはえらく態度が違うではないか、心配するな、お前を寝かしつけたら部屋を出て行くよ」
くすくす笑いながら上目使いで見上げてくるオスカル、
結局オスカルはアンドレのベッドを半分占拠するのに成功した。
こいつはいつの間にこんな技を身に着けたのだろうとアンドレは不安になる。
やや男性的な気性のくせに、時折見せる女らしいしぐさは並みの女性以上の色香を放つ
この蒼い宝石のような瞳にじっと見つめられて心を動かさぬ男がこの世にいるのだろうか。
「オスカル」
「何だ?」
「お前にしてみれば、何でこんなことにこだわるのかおかしく思うだろうな」
「だがお前はジャルジェ家の令嬢という肩書きが無くとも、その印象に残る美しさで誰をも魅了してしまうんだ」
「それを一番知ってるのは俺だからな、だからよけいに心配になる」
思いつめたようなアンドレの声にオスカルはこの嫉妬心もやはり彼の不安から来るものなのだとわかった。
彼の不安を払拭することは出来ない、だから、都合よく捕らえて答えてみた。
「今回の旅で思ったが、お前は私が思っていたよりずっと私を愛してくれているってわかったよ」
「お前が嫉妬するなんて思わなかったから、ちょっとうれしかったんだ」
「たまに嫉妬されるのも悪くないな」
明るく話すオスカルにアンドレは黙って聞いていたら話がとんでもない方向に行ってしまいそうだと急いで止めにかかった。
「お前、何かやらかす気じゃないだろうな?」
「するわけないだろう、お前に声を荒げられるのはもう沢山だ」
オスカルは笑いながら答えた。
その笑顔を見ながらアンドレもおかしくなりふっと笑った。
きっと俺は一生こうして彼女に振り回されながら生きていくんだろう
手の届かない人を愛したゆえに、この不安は消えることはない
この想いが消えないのと同じように。・・
アンドレが元気になった様子を見て、オスカルは満足げにため息をつい右手を差し出した。
「アンドレ、手を握って」
訳がわからないままに、言われたとおりにアンドレが片手を差し出しオスカルの手を握ると真剣な顔で言われた。
「この手を離すんじゃないぞ」
「何があっても離さないと・・アンドレ」
思いつめたオスカルの眼差し
それに逆らえずアンドレは彼女の望む言葉を返した。
「離さない、ずっと一緒だ」
次の瞬間抱きしめられ、このうえない喜びを感じた。
彼の胸の中だけが私の安息の場所