最後の恋人32
走るのには自信があるしハンデもある、といっても男性相手だ、少しでも気を抜けば追いついて捕まえられてしまう。
あまりに急いで周りも見えない状態だ。
後もう少しで門にたどり着く。
その時、木の陰に人がいるのがチラッと見えた。
そんなこと気にしてられない、と急いでそのまま走っていった。
しかし、その誰かが自分を追ってきたらしく、後ろから迫ってきて腕を握られてしまった。
焦って抵抗したが、そのまま、引き寄せられ、相手の胸元につかまえられてしまった。
しまった、捕まえられてしまった、一体誰が?
はあはあと息を弾ませどうするべきかと思案していると、捕まえた相手が自分を呼ぶ声が聞こえた。
「オスカル」
その声にどきりとした。
顔を上げてその顔を見ると
「アンドレ・・」
どうしてここにアンドレが!
自分を捕まえた相手がアンドレだとわかり衝撃を受けた。
「何故、ジャルジェ家にいるんだ?」
アンドレが、オスカルが何故屋敷に戻ったのかを問いただしてきた、しかし、その後すぐに後ろからオスカルを追いかけてきた連中の声が聞こえる
「何だ、オスカル誰に捕まったんだ?」
「もしかして飛び入り参加か?」
「それはないよ、ここまで来て」
追いかけてきた令息達は息を弾ませながら、不満を口にした。
「オスカル、あの男達は?」
アンドレがあきらかに不審そうな顔でオスカルに尋ねた。
「あの、アンドレ彼らは・・」
どう答えるべきか思案していると取り巻きのギョームとシモンとラザルが声をかけた。
「その手を離せよ、なれなれしいやつだな、オスカルに失礼だろう」
「もしかして、君もオスカルに求婚したい一人なのか?」
「またライバルが増えるなんて勘弁してくれよ」
それを聞いてアンドレの顔色が変わる。
「彼らは・・お前の求婚者なのか?」
「アンドレ、これには訳が・・」
急いで答えるがアンドレはショックのあまりその声も耳に入らない
やはりあの記事の内容どおり、お前は・・・
人の心は、変わっていく
華やかな生活が恋しくなったのか?
俺がコンクールに落ちたからか?
だからお前は
「俺が、嫌になったのか?・・」
「え?」
絶望的な目の前の状況にアンドレは、この場にいるにはいたたまれず、握っていたオスカルの手を離し後ろを向いたかと思うと、いきなりその場から逃げるように立ち去っていった。
「アンドレ!」
オスカルは急いで声をかけるが振り向きもせずにアンドレは走り去っていく。
急いで後を追いかけようとするが、追いついたシモンたちがオスカルの腕を取り止めようとする。
「オスカル、何処へ行くんです?」
「彼は一体何者なんです?」
その間にウィリアムがようやく追いつき息を急ききってオスカルを呼び止めた。
「オスカル様!クレメンス大学でのご友人がオスカル様と約束をしていてお会いしたいと申してきました!」
では、アンドレは私がジャルジェ家に戻っていると知り、ここまで来たのか!
私が店をやめ、社交界に戻ったことも、何もかも、知られてしまったというのか
急いでアンドレのほうを見ると道の向こうでタクシーを止めて乗るところだった。
「待て、アンドレ!」
急いで声をかけたが、彼は振り向きもせずにタクシーに乗り込み、そのままタクシーは走り出してしまった。
令息達が気になる様子でオスカルに問いかけてきた。
「オスカル、彼は誰なんですか?」
「やつとはどういう知り合いなんですか?」
今、ここでアンドレのことを知られるわけにはいかない。
その問いにオスカルは落ち着いて答えた。
「クレメンス大学時代の友人だ」
「約束していたのを忘れていたよ」
その返事に令息達はそれぞれが安堵する様子を見せた。
「オスカルと約束してたのに忘れられたなんて、僕でもショックだ」
「オスカルは信奉者が多いから覚えてられないんだろう」
「あの様子ではオスカルに相当参ってたみたいだな」
よりにもよってアンドレに最悪の状況で知られてしまった。
アンドレの先程の悲しそうな言葉が頭の中で響く
俺がいやになったのか?
違う・・・違う
こんなつもりじゃなかったんだ!
お前を傷つけるつもりなど無かったんだ!
タクシーの中でアンドレはあまりのことに両手で頭を抱え、うな垂れていた。
傷ついた心は闇に染まっていく
オスカル お前は上流社会の人間に変わってしまった
もう以前のお前ではない
信じていたのに お前は嘘をついた
オスカル お前は俺を裏切ったんだ